第18回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2021)シンポジウムより――がん診療のフロンティア「腫瘍循環器学」の課題を討議第18回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2021)シンポジウムより――がん診療のフロンティア「腫瘍循環器学」の課題を討議

第18回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2021、会長:近畿大学医学部・西尾和人教授)が2月18日から4日間にわたってオンライン形式で開催された。4日目朝のシンポジウム日本循環器学会/日本臨床腫瘍学会 合同シンポジウム「腫瘍学と循環器学の連携−点から線、そして面へ−」(司会:神戸大学大学院医学研究科 腫瘍・血液内科の南博信教授、旭川医科大学 内科学講座 循環・呼吸・神経病態内科学分野の長谷部直幸教授)では、腫瘍循環器学の課題をテーマに、腫瘍専門医と循環器専門医らが日本における現状と課題を報告し、腫瘍医と循環器医の互恵に基づいたタスクシェアリングの重要性が指摘された。

抗がん剤の心毒性リスクを知る

「心血管に対する毒性をもつ抗がん剤というとアンスラサイクリン系抗がん剤やHER2阻害剤のトラスツズマブ、血管新生阻害剤が有名だが、こうした薬剤に加え第2世代のBCR-ABLチロシンキナーゼ阻害剤やプロテアソーム阻害剤、免疫チェックポイント阻害剤など多様化している」と島根大学医学部附属病院先端がん治療センター・腫瘍内科の田村研治教授は指摘する。

大阪国際がんセンター成人病ドック科の向井幹夫・主任部長はHFA-ICOSのPOSITION PAPERを紹介しつつ「心毒性(Chemotherapy-Related Cardiac Dysfunction: CTRCD)をきたす可能性の高い抗がん剤」として7種類の薬剤(表1)と放射線治療を挙げている。
Heart Failure Association-International Cardio-Oncology Society

表1 CTRCDをきたす可能性の高い抗がん剤7種類

CTRCDをきたす可能性の高い抗がん剤7種類
Lyon AR, et al.: Eur J Heart Fail. 22(11): 1945-1960, 2020をもとに作成

向井部長は「がんの治療成績の向上とともにがんの治療がもたらす循環器への障害に関心が高まりつつある。例えばアンスラサイクリンやトラスツズマブなどを使用する前に左室駆出率(LVEF)の測定や心電図を取ることなどは乳がん治療医の常識になりつつある。しかし、心毒性の原因となる薬剤は臓器横断的に存在し、まだその認識は十分とはいえない」と指摘する。同部長は「がんの専門医でもがん治療に血管合併症(血管毒性)があることは知っているが、添付文書の使用上の注意がすべてといっても過言ではない」と語る。

一方で循環器病変を警戒するあまり、がん治療が頻繁にストップすることはがん治療の質を損なう警戒感も腫瘍医の間には根強い。このシンポジウムで確認された腫瘍循環器医療の目的は少なくとも2つある。1つは循環器への障害を予防、あるいは制御しつつがん治療を完遂すること。もう1つは治療を終えた患者の晩期障害の発生を予防、制御することだ。

本シンポジウムでは、腫瘍循環器合併症の中でもCTRCD、がん関連血栓症(Cancer Associated Thrombosis: CAT)が問題になっており、循環器医からの報告もあった。

薬物治療前のリスク評価の重要性

CTRCDとはがん治療に伴いLVEFが低下する病態の総称。「LVEFがベースラインよりも10%低下し、正常下限値50%を下回った場合」と定義されている。2019年4月に腫瘍循環器外来を開設した旭川医科大学内科学講座の木谷祐也医師はCTRCD対策のために「治療開始前の心血管イベントのリスク評価、治療中定期的な心機能評価」を行う日常診療の様子を紹介した。

同外来では薬物治療開始前に病歴、心電図、胸部レントゲン、血液検査(BNP、トロポニン)、心エコー検査を行う。さらに薬物療法中のHigh Risk症例(心エコーLVEF 50%未満、心不全治療患者)では毎月の心機能評価を行い、Low Risk症例(心エコー正常)でも3ヵ月毎の心機能評価を実施している。治療中に心エコーLVEF 10%低下、BNP・トロポニン上昇、心不全症状などが出現した場合には「心不全治療を開始するとともに腫瘍内科に連絡する」という。

一方CATについて報告したのは自身、臨床試験の責任医師となった経験をもつ神戸大学医学部附属病院腫瘍・血液内科の今村善宣助教。「CATはときに致死的な経過をたどる重要な疾患群であり、がん関連因子、治療関連因子に加え患者関連因子が複雑にからまって発症する」と説明、加えて「決して稀ではなく、今後増え続けることが予想され、各医療機関で診療体制を整備・強化する必要がある」と呼びかけた。

CATに対する治療薬としては世界では低分子量ヘパリン(LMWH)が標準治療であるが、日本では未承認となっている。このLMWHについては日本腫瘍循環器学会などが公知申請を行っており、現在審査中の段階だ。LMWHが使用できない間にわが国では直接経口抗凝固薬(DOAC)の使用が広がっている。DOACはCATの事実上の標準治療薬になっているが、今村助教はこれまでの海外の治験の結果を踏まえながら「DOACはLMWHに比べ有効性と利便性では優れているが、安全性では劣る可能性がある」との見解を示した。同時に「LMWHの適応拡大が認められた場合、その位置づけをどのようにするかも検討していく必要がある」と指摘した。

晩期心毒性とプライマリケア医の役割

がん治療に伴う心血管毒性は治療中だけではなく、治療後数年を経過した後で発症する「晩期心毒性」も問題になっている。

向井部長は、がん治療中に起こる、がん関連因子による心血管リスクがもたらす心毒性を「急性期心毒性」とする一方、治療終了後数年を経たがんサバイバーや最初の治療を終えた転移・再発期の患者に発生する、潜在的な心血管リスクの増悪による心毒性を「晩期心毒性」とした。

こうした心毒性は抗がん治療だけではなく、生活習慣病など複数のリスク要因が関係する。「がんも動脈硬化も危険因子は共通する。長期フォローアップとともに疾患発症予防のための生活習慣の是正が必要であり、こうした役割を担うプライマリケア医の関与が望まれる」と述べた。腫瘍循環器をめぐる病診連携はほとんど行われていないが、「学会を通じて必要性を訴えていきたい」と同部長は考えている。

循環器障害を考慮した適正使用を目指す

がん治療に伴う循環器障害をケアする重要性は今後の増加が確実。PMDAの審査でも心毒性や血栓塞栓症などの有害事象を指摘されるケースが出ている。循環器に障害が出にくい抗がん剤の開発を製薬会社も目指すべきではないかという声も聞かれるが、向井部長は講演後の取材で慎重な姿勢をみせた。「そのような薬剤開発ではなく効果の明確な抗がん剤の適正使用を追究すべき」という見解だ。

「抗がん剤の場合、まずがんに対する作用を最優先に考えるべき。同時に副作用の病態や機序を明確にすることで副作用の出現を予測し、副作用による不利益や抗がん剤の効果が少ない症例に対する投与を制限する。つまり有効性を認める患者さんにのみ投与することを目指すべき」と語った。「そのためにもゲノム情報を含めた適格な病態を把握し精密医療を行うことで、有効かつ副作用のないがん治療を施行すべき」だと強調した。

優先すべき研究テーマは何か?

「日本オリジナルのデータの蓄積が望まれる」(今村助教)。

シンポジウムを通じて繰り返し主張されたのが日本人を対象にした臨床研究の不足だ。これまでの議論のベースのほとんどが先行した欧米のデータをもとにしたものだ。

田村教授は今後、心毒性のマネジメントのために明らかにすべき情報としてリスクを評価するバイオマーカーの探索やモニタリング方法(有効な検査方法、間隔と介入方法)を挙げた。同教授は国立がん研究センター中央病院に在籍時から5つの遺伝子多型(SNP)を用いた心毒性予測スコアリングシステムを考案している。

向井部長は日本人を対象にCTRCD、CATに関する治療薬のエビデンスを確立するための臨床研究が必要だと考えている。またリスクを層別化する方法論についても検討がされていない点も指摘する。「静脈血栓塞栓症(VTE)の発症リスクを評価するKhorana scoreについても評価すべきだ」と語る。

木谷医師はCTRCDの治療薬として国内で使用可能となったアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)に注目している。「アンスラサイクリン系薬剤の心筋症・心不全患者に有効との少数例の報告もあり、CTRCDに対する治療の選択肢の1つとして注目される」と語った。

日本人のデータを収集し、エビデンスを確立するためには多くの臨床研究が必要だ。並行して重要な意味をもつのが症例のレジストリシステムだ。抗がん剤の循環器合併症リスクの評価には承認後のリアルワールドデータの収集と評価が欠かせないためだ。向井部長は「腫瘍循環器に特化したレジストリを構築すべき。そのためには腫瘍医と循環器医が連携した研究が必要であり、学会が中心となって進めるべき」と強調している。