初めての腫瘍循環器診療ガイドラインが3月に刊行 初めての腫瘍循環器診療ガイドラインが3月に刊行

矢野 真吾 教授
矢野 真吾 教授

日本臨床腫瘍学会が循環器専門医との協力をもとに作成を進めてきた日本で初めての腫瘍循環器診療ガイドラインが今年(2023年)3月に刊行される。出版社は南江堂。プロジェクトの中心となった東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科の矢野真吾教授は「ガイドラインの作成を通じて、日本の腫瘍循環器医療の課題が明らかになるとともに、編集に携わった腫瘍医と循環器医との間で自由な意見交換ができ良好な協力関係を得ることができた」と語った。

ガイドラインでは16個のクリニカルクエスチョン(CQ)を設定し、推奨の可否を蓄積されたエビデンスをもとに判定した。編集委員が作成した原案に外部評価委員やパブリックコメントとして寄せられた十数件の意見を反映した結果、十分なエビデンスがあるとして「推奨」が得られたCQは5個にとどまり、残りはfuture research questionやbackground questionとしての解説にとどめ、結論は今後の研究に委ねられることになった。

「限られたエビデンスのなかでも、循環器への有害事象が原因でがん治療をできるかぎり停滞させないように編集委員たちも考えた」と矢野教授は語る。その例が「心血管疾患のあるHER2陽性乳がん患者に対してトラスツズマブおよびペルツズマブ投与は推奨されるか」というCQ。抗HER2療法では心筋障害が問題になるが、ガイドラインでは生存期間や無再発期間、腫瘍増悪までの期間の延長という治療による利益と治療関連死や心毒性の発現という害を比較し、利益が害を上回ると判断、ACE阻害薬やβブロッカーなどの心筋保護薬を使用したうえでトラスツズマブやペルツズマブの投与を推奨するという結論に達したという。

日常診療のなかで腫瘍循環器疾患にどのように対応すべきかについては、2020年に「腫瘍循環器診療ハンドブック」が日本腫瘍循環器学会編集委員会によって刊行されている(発行はメジカルビュー社)。こちらはエビデンスが限られている事情を反映して、専門家らのコンセンサスをベースに具体的な診療の行動指針が提案されている。「ガイドラインはほかのがん診療ガイドラインにならってエビデンスを厳格に評価しているため、日常診療の疑問に完全に答えられるものではない。ハンドブックと併用してほしい」と矢野教授は語る。

CQはがん治療に伴う「心不全」「高血圧」「静脈塞栓」を中心にまとめられたが、不整脈や晩期合併症については言及されなかった。「次回の改訂では不整脈や晩期合併症についても検討していく必要がある」と矢野教授は指摘している。