造血幹細胞移植でも心筋炎の早期介入が必要造血幹細胞移植でも心筋炎の早期介入が必要

がん薬物療法や放射線治療に加え、血液腫瘍の基本的な治療法である造血幹細胞移植でも腫瘍循環器が注目されてきた。3月21日から3日間にわたって東京都内で開催された第46回日本造血・免疫細胞療法学会(会長:谷口修一・浜の町病院病院長)ではワークショップ『移植・細胞療法における腫瘍循環器学』(座長:赤澤宏氏、藥師神公和氏)が開かれ、3人の演者が登壇した。

最初に登壇したのは、本サイトでも編集委員を務める埼玉県立がんセンター副病院長の岡亨氏であった。岡氏は、がん治療の予後が改善するにつれ、がんではなく心筋炎などの循環器疾患で落命する患者が増えること、そうした現象は乳がん、大腸がん、膀胱がん、リンパ腫、白血病など多くのがん種で認められることに警鐘を鳴らした。

心不全のステージを進行させない医療を

特に造血幹細胞移植との関係については「大量のアントラサイクリン系抗がん剤やアルキル化薬、放射線治療を移植前に受けた血液がん患者は、移植後に心臓血管合併症を発症する高リスク群」と指摘、「移植の前処置の影響によって無症候性の心機能低下を呈するサバイバーも多く、心不全のステージB、つまりすでに心不全リスク状態にある患者が多い」と指摘した。

心不全の重症度ステージ分類[日本循環器学会/日本心不全学会:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)]ではステージがAからDの4段階に分かれている。A、Bは「心不全リスク」に相当し、心不全の症候が発症するとC、Dに移行すると整理されている。岡氏は「治療の目標はステージBからCへ移行させないこと。造血幹細胞移植前後の左室駆出率(LVEF)を計測し、LVEFが50%へ低下した段階で循環器医にコンサルトするように、聴衆である血液内科医らに呼びかけた。

その対策として、がん治療時には「心毒性のあるがん薬物療法を行う患者に対しては定期的な心臓評価を行う」べきであり、その具体的な手法として「がん薬物療法中に定期的なエコー図検査でGLS(global longitudinal strain)の計測が推奨されるとした。これらはいずれも『Onco-cardiologyガイドライン』(日本臨床腫瘍学会・日本腫瘍循環器学会、2023)のCQ 9-1とCQ 1に相当する。

GLSは駆出率(EF)と同様に心臓超音波検査で測定できる心機能の新たな評価方法であり、左室長軸方向において心筋線維が収縮によりどの程度変形するかの歪みを測定し、心機能障害を検出するもの。EFよりも鋭敏に左室収縮障害を検出できると注目されている。

GLSで心保護薬の効果を精査

甲南医療センター腫瘍・血液内科の渡部まりか医員はそのGLSを使って、心保護薬の介入効果を客観的に調査した結果を報告した。渡部医員は「心不全患者においてはGLSに関する報告は多数あるものの、造血幹細胞移植後患者におけるGLSを評価した報告はほとんどない」と述べた。

渡部氏のグループは神戸大学医学部附属病院において2013年4月から2020年3月までに同種造血幹細胞移植を受けた患者を対象に同種移植前、移植1年後、3年後、5年後の4点においてEFとGLSとを測定した。EF中央値には大きな変化は認められなかったが、GLSではそれぞれ17.35%(1.8-23.5)、17.2%(5-23.5)、11.6%(5.1-25.9)、10.1%(6.3-22.8)と有意に低下した(p<0.001)。

また心保護薬では「なし群」では徐々に低下したが、「あり群」では5年後にGLSが改善した。

渡部医員は「造血幹細胞移植でもがん治療関連心筋障害(CTRCD)は重要な課題であり、GLSによって心機能評価をすることは有用である」と総括した。

血液内科、循環器内科、リハビリテーション科の連携

最後に報告したのは九州大学病院血液・腫瘍・心血管内科の森山祥平助教。同院で腫瘍循環器を専門としている森山助教は「腫瘍循環器リハビリテーション」の重要性とその取り組みについて報告した。

がん治療中はがん細胞から放出される炎症サイトカインによる消耗や不安などのストレスも加わり、廃用症候群を来しやすいと指摘した。特に長期の入院が珍しくない造血器腫瘍では、高度な身体機能の低下が大きな問題になっている。

「血液腫瘍ではアントラサイクリンやシクロホスファミドなど薬剤性心筋障害の原因となる薬剤が高頻度に使われているほか、造血幹細胞移植やCAR-T療法に伴うサイトカイン放出症候群も血管障害の原因となる」という。

がんリハビリテーションというと固形がんの治療に広く採用され始めているが、「造血器腫瘍の患者は心不全予防・治療のため、固形がん以上に腫瘍循環器リハビリテーションが必要」と論じた。現時点では、がんリハビリテーションには定まったプロトコールが乏しいことから、医師の思いつきで処方されるケースもある。

九州大学病院では、血液内科医と循環器内科医、リハビリテーション科医師が協力して、造血幹細胞移植やCAR-T療法の移植の前後の心血管評価や心肺運動負荷試験を用いた運動処方による腫瘍循環器リハビリテーションを推奨しているという。

講演する埼玉県立がんセンター副病院長の岡亨氏
講演する埼玉県立がんセンター副病院長の岡亨氏