がん免疫療法が一部の患者に心臓の炎症を引き起こす可能性があることが明らかに
英語オリジナル版はこちらがん免疫療法の一種である免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による治療を受けている患者の中には、心筋炎と呼ばれる危険な種類の心臓の炎症を発症することがある。
Broad Institute of MIT and Harvardと、Mass General Brigham healthcare systemの創設メンバーであるMassachusetts General Hospital(MGH)の医師と科学者が率いる研究チームは、この炎症の免疫基盤を解明した。
研究チームは、心筋炎の原因となる心臓内の特定の種類の免疫細胞と間質細胞の変化を特定し、患者の心筋炎が死に至る可能性があるかどうかを示す血液中の因子を突き止めた。
Nature誌に掲載されたこの結果は、Mass General Cancer Centerを拠点とし、Broad Instituteの研究者も参加しているSevere Immunotherapy Complications(SIC)Service and Clinical-Translational Research Effortから得られた最も早期のトランスレーショナルリサーチの研究結果の一つである。
2017年に開始されたこのプログラムは、ほぼすべての臓器系に影響を及ぼす可能性のある重篤な免疫療法合併症の診断、治療、理解の向上に焦点を当てた北米初のプログラムである。研究チームが最初の研究プロジェクトの一つとして心筋炎に焦点を当てたのは、心筋炎がICIによる合併症の中ではまれであるにもかかわらず、最も致命的なためである。
重要なことは、これらの知見から、腫瘍における免疫反応とは異なる、心臓における免疫反応が初めて証明されたことである。これは、標的治療によって心筋炎に対処しながら、救命の可能性のある抗腫瘍免疫療法を継続できる可能性を示唆している。
また、本結果は、最近MGHで開始されたこの種の心臓の炎症に対する治療薬に関する進行中の臨床試験の根拠を強化する可能性のある治療標的を浮き彫りにしている。
ICIによる治療を受けた患者のおよそ1%(米国では年間2,000例以上)が心筋炎を発症し、特定の免疫療法薬を併用した患者では、この数は2%近くまで上昇する。
心筋炎は、症例の50%で不整脈や心不全などの危険な心疾患を引き起こし、最新の治療法にもかかわらず、発症者の約3分の1が死亡する。さらに、ウイルス性心筋炎など、他の種類の心筋炎に使用される治療法や支持療法は、このタイプの心筋炎には効果がない。
「現在、これらの患者を助けるための優れた解決策はない。そのため、免疫系を停止させ心筋炎を回復させるためにあらゆることを試みるが、それは独自のリスクを伴い、適切なアプローチではない」と、Broad Instituteのメンバー、かつMGHのKrantz Family for Cancer ResearchおよびCenter for Immunology and Inflammatory Diseasesの研究者であり、MGHのSIC Serviceに関連するトランスレーショナルリサーチを率いるHarvard Medical School内科助教で、本研究の共同責任著者であるAlexandra-Chloé Villani氏は述べた。「われわれの研究結果は、心臓で何が起こっているかのより詳細な情報を提供し、患者ケアを改善するための興味深い新しい方法を示唆している。」
「ICIによる心筋炎は、われわれにとって臨床的に大きなハードルである」と、MGHでinpatient oncologyの臨床責任者であり、SIC Serviceの責任者でもある、Harvard Medical School内科助教で、共同責任著者のKerry Reynolds氏は述べた。「本研究は、これらの合併症の根源を解明する道を開く画期的なものである。協力してくれた患者一人ひとり、彼らの臨床ケアに携わったすべての人々、そして本研究を可能にしたわれわれの研究室の優れたチームに心から感謝している。」
「本研究は、ICIによる心筋炎に対して、より的を絞った治療法を試験するための生物学的基盤を提供する。この毒性についての理解を深める必要があるため、本論文は大きな前進であり、結果の改善につながるであろう」と、Mass GeneralのCardio-Oncology Program責任者兼Cardiovascular Imaging Research Center共同責任者であり、共同責任著者のHarvard Medical School内科准教授Tomas Neilan氏は述べる。
ベネフィットとリスク
米国ではがん患者の約3分の1が、ICIとして知られる画期的な薬剤の投与を受ける適格者である。ICIは、体の免疫システムのブレーキを解除してがんと戦えるようにする免疫療法薬の一種である。
毎年ICI治療を受ける患者が増えるにつれ、重篤な合併症の脅威とその管理方法の課題は増大している。2020年には米国で23万人以上の患者がICIによる治療を受けており、FDAがこれらの医薬品に80以上の適応を承認したことから、この数はそれ以降も増加している可能性が高い。
1つ以上のICI薬を服用している患者のほとんどが、少なくとも1つの毒性を発症し、投与される薬によっては、10~50%以上が重篤な合併症を発症する。
合併症は、たとえ治療を中止しても、停止させたり、元に戻したりすることが困難であり、患者は1回の投与で生命を脅かす臓器の炎症を発症する可能性がある。
現在、効果的な標的治療法がないため、抗腫瘍療法を中止するか、大量のステロイドを投与せざるを得ないことが多いが、これにはICI抗腫瘍療法の効果を低下させるなどの望ましくない副作用がある。
免疫療法の合併症として恐れられているチェックポイント心筋炎は、他の原因による心筋炎よりも患者にとってかなり危険であるが、その理由は不明である。「チェックポイント心筋炎が初めて確認されてから10年弱であるが、そのほとんどがブラックボックスであった」と、MGH内科の心臓専門医で助手、Villani研究室の博士研究員でもある共同筆頭著者のDaniel Zlotoff氏は述べる。「今ようやく、根本的な生物学的疑問に対する答えが出始めているところであり、この疑問が、患者の忍容性を高め、転帰を改善するための最適な治療法に光を当ててくれることを期待している。」
この新しい研究では、研究者らはICI治療中に心筋炎を発症し、研究への参加に同意した患者から血液を採取し、さらに一部の患者から心臓組織と腫瘍組織の両方を採取した。
患者がSIC Serviceにおいて診断処置を受けたとき、あるいは病気に倒れた後、サンプルが採取され、迅速に研究室に送られた。研究チームは、心筋炎に関連する炎症プロセスの促進と維持に関与する細胞を特定するために、顕微鏡検査、プロテオーム解析、T細胞レセプターシーケンシングとともにシングルセルRNAシーケンシング解析を実施した。
患者の心臓組織では、炎症に関与する免疫細胞の補強と保持を助ける分子経路のアップレギュレーションが観察された。
また、活動性疾患患者の心臓では、いくつかの免疫細胞サブセットの存在量が増加しているほか、特定の細胞傷害性T細胞、従来型樹状細胞(cDC)、炎症性線維芽細胞で構成される特定の細胞群の存在量も増加していることがわかった。
血液中では、形質細胞様樹状細胞、cDC、B系統細胞の減少と、その他の単核食細胞の増加がみられた。
研究チームはまた、T細胞レセプター(抗原として知られる異物と結合し反応するユニークなタンパク質複合体)についても分析した。罹患した心臓組織に豊富に存在するT細胞レセプターは、腫瘍にみられるものとは異なっており、これは患者の心臓と腫瘍における免疫反応は同じであると示唆した他の研究者らの調査結果とは異なる結果である。
研究チームはまた、これまでチェックポイント心筋炎を引き起こす重要な抗原であると報告されていたα-ミオシンタンパク質を認識するT細胞レセプターのエビデンスも発見しなかった。これらの結果は、罹患した心臓組織に最も多く存在するT細胞レセプターが未知の抗原を認識していることを示唆している。今後の研究では、心臓と腫瘍で作用している特定の抗原を特定し、それが正常なタンパク質なのか、変異した腫瘍タンパク質なのか、ウイルスのような異物なのか、それとも何か新しいものなのかを見極めたいと考えている。
「腫瘍と心臓の反応は異なるので、いつかこの2つを切り離して別々に治療できるのではないかと期待している」と、MGHのオンコロジストでVillani研究室の博士研究員である共同筆頭著者のSteven Blum氏は述べた。「参加を希望する患者には特に感謝している。結局のところ、それは患者が研究に与えることができる最大の贈り物である。」研究者らは、この結果が、Dejan Juric氏が開発したRapid Autopsy Programを率いるMGHとBroadのメンバー、そして同病院の病理学チーム、特にJames Stone氏の重要な貢献があって初めて可能になったことに感謝している。
血液中のT細胞サブタイプのパターンは、どのような患者が心筋炎に罹りやすいかを示すものでもあり、いつか血液をベースとした測定によって、リスクが高く、厳重な監視が必要な患者や、免疫療法を完全に避けるべき患者を特定するために使用できる可能性があることを示唆している。
また、心臓に由来し、病気の重症度と相関する末梢血中のT細胞も発見された。この発見は、心筋炎の疑いのある患者に対する侵襲的な心臓生検に代わる診断用血液検査の開発への道を開いた。
本研究は、MGHを拠点として、関節炎治療薬アバタセプトによるこれらの患者の心筋炎の制御を検討している進行中の臨床試験(ATRIUM、NCT05335928)を支持する。「われわれは常に患者の転帰を改善したいと考えているが、抗腫瘍反応を維持しながら炎症を解消する方法については臨床試験による確固たるエビデンスが必要である」と、Reynolds氏は述べた。「これらの細胞マップは、臨床試験で何を研究すべきかを知る上で役に立つ。」
研究者らは、異なる臓器系にまたがる合併症の治療と研究を行うことで、これらの患者の身体のさまざまな部位に、しばしば同時に影響を及ぼす有害事象に光を当てることができる、異なるメカニズムと共通のメカニズムの両方を発見したいと考えている。研究者らはまた、免疫療法とがん患者の治療を改善するという目標を共有する他の研究機関を結集させ、他の場所でも同様の取り組みができるよう指導している。
「免疫療法薬は奇跡の救命薬であり、患者はそれを恐れるべきではないということを覚えておくことが重要である」と、Villani氏は述べた。「われわれは、有害事象のリスクを最小限に抑えながら、抗腫瘍治療効果を最大にするために、免疫療法薬の効果を高める必要がある。」
共同筆頭著者のNeal Smith氏、Isabela Kernin氏、Swetha Ramesh氏、そして共同責任著者のMolly Thomas氏も本研究を主導している。