CHECK HEART-BC study、治療した乳がん患者の8.5%が心筋症を発症 CHECK HEART-BC study、治療した乳がん患者の8.5%が心筋症を発症

乳がんの治療に伴って発生する心筋症の多施設観察研究であるCHECK HEART-BC studyの結果、患者の8.5%に心筋症が発生することが明らかになった。第5回日本腫瘍循環会学会学術集会で、研究結果のとりまとめに当たった国際医療福祉大学成田病院循環器内科の杉村宏一郎教授が報告した。

杉村宏一郎 教授
  • 国際医療福祉大学成田病院の杉村
    宏一郎教授。
    東北大学在職中からCHECK HEART-BC studyに携わってきた

乳がんはがんのなかでも予後良好のがんであり、長期生存が見込めるがんだ。その一方で生存期間が長期化するにつれ、心筋症を発症する症例が増えてくることが問題となっており、特に7年を経過するとがんによる死亡数を心毒性による死亡数が上回ることも報告されている。CHECK HEART-BC studyは乳がんの心毒性に関して、初めて多施設で行われた前向き研究で、東北大学を中心に全国25施設が参加した。

心機能評価した542例中46例で心毒性を確認

CHECK HEART-BC studyでは、2017年8月から乳がん患者を対象に心機能に関する前向き症例登録を開始し、心毒性発症にかかわるデータベースを構築した。方法は治療開始前から12ヵ月後まで3ヵ月毎に心電図検査や心臓超音波検査、心筋トロポニンTあるいはI、BNPあるいはNT-proBNPなどのバイオマーカーの測定を行うというもの。

2020年3月までに登録された679例のうち、化学療法開始前から12ヵ月まで心機能検査を完遂した症例は542例(平均年齢56±12歳、全例女性)で、そのうち46例(8.5%)に心毒性を認めた(心毒性は左室駆出率が10%以上低下し、かつ53%未満と定義された)。

リスクスコアモデルを構築

また同研究では心毒性の発症を治療開始前から予測するために「アントラサイクリン系抗がん剤の投与」、「トラスツズマブの投与」、「放射線治療」、「化学療法開始前の心拍数64bpm以上」、「化学療法開始前の左室収縮末期容積36.0mL/m2」の5項目を化学療法前から記録した。これらの変数は、帝京大学大学院公衆衛生学研究科の宮田敏教授の協力を得て、心毒性発症に影響しそうな多くの変数の中から多変量解析してイベントとの関係が深い変数を選択したもので、その結果からリスクスコアモデルを構築した。これら5項目の変数について最初の検討ではAUC 0.77(p<0.01)であったが、化学療法開始3ヵ月の変数を加味したところ、AUCは0.83(p<0.01)に上昇した。

「これら5項目を化学療法開始前、開始3ヵ月後に測定することによって心毒性の発生をある程度予測することが可能になる」と杉村教授は語る。モデルの妥当性を検証するために同教授は「別の患者集団を対象にバリデーションする必要があるが、これまでの結果はできるかぎり早期に論文にして発表したい」と語った。

明らかになった腫瘍循環器研究の課題

現在、腫瘍循環器にかかわるエビデンスの多くは海外研究に依存していることから、国内における独自の臨床研究の必要性が指摘されている。CHECK HEART-BC studyはその先駆けとなる臨床研究だ。その過程で杉村教授は「腫瘍循環器にかかわる研究の課題を痛感した」と語る。1つはがん治療の領域では多くの新薬が相次ぎ登場する点だ。「がん治療にかかわる薬物はターンオーバーが早く、長期観察研究が難しい。今回もトラスツズマブの使用の有無を変数としたが、トラスツズマブの後に登場した抗HER2治療薬についても同様のことがいえるかは明らかではない」と語る。

腫瘍循環器が異なった診療科の連携を必要としていることも多施設共同研究を難しくする一因だ。「CHECK HEART-BC studyに参加した施設はいずれも乳腺外科と循環器科、放射線科の連携が取れている施設。こうした施設ではないと腫瘍循環器の多施設共同研究を進めることは難しい」と同教授は指摘する。またがん治療終了後、長期間を経過して発症する心血管イベントもあるが、AMEDなど公的な研究費の多くが3年を限度としていることから長期的なフォローアップ研究を困難にしているという。

「腫瘍循環器の臨床研究には課題も多い。介入研究を行う場合はさらに難しくなることから、学会全体で取り組むなど新たな体制を作っていく必要がある」と同教授は指摘している。