日本高血圧学会、がん治療に伴う高血圧“Onco-Hypertension”への取り組みを協議日本高血圧学会、がん治療に伴う高血圧“Onco-Hypertension”への取り組みを協議

日本高血圧学会は2023年9月15日から3日間にわたって大阪で第45回総会[会長:楽木宏実(労働者健康安全機構 大阪労災病院 院長/大阪大学 名誉教授)]を開催し、そのシンポジウム「Onco-Hypertensionアップデート」ではがんへの罹患やその治療に付随する高血圧Onco-Hypertensionの意義とその対応について、循環器、腎臓、薬理の専門家が語り合った。診療の基盤となるエビデンスの不在、がん治療にあたる腫瘍専門医との連携の在り方、とりわけ知見が乏しい基礎研究を進めるうえでの問題点などへの指摘が相次いだ。

がんと腎臓と老化のトライアングル

向井幹夫氏
  • 写真1大阪国際がんセンター成人病ドック科主任部長の向井幹夫氏

大阪国際がんセンター成人病ドック科主任部長の向井幹夫氏(写真1)は「腫瘍と心不全など循環器障害はいずれも炎症や組織の老化など原因が共通しており、腫瘍循環器を単純にがん治療に伴う副作用と捉えるべきではない」と述べた。

向井氏ががんと循環器の共通した原因を象徴する現象としてCHIP(clonal hematopoiesis of indeterminate potential)を挙げた。CHIPは最近注目される遺伝子変異で、白血病などの造血器腫瘍でみられるような特定の遺伝子変異が見かけ上、健全な高齢者などに出現する現象。白血病などのリスクになることが明らかになっていたが、10年ほど前から心臓病を含む循環器疾患や骨粗鬆症などのリスク因子にもなり得ることが報告され注目されている。将来的にはCHIPを調べることで医療や健康増進に役立つと期待されている。

向井氏は「遺伝子、エピジェネティクス変化、環境因子、生活習慣などのさまざまな要因が組み合わさってがん、動脈硬化、心不全の原因になる」と指摘した。加えて同氏は「心臓と腎臓が深く相関していることは知られてきたが、がんは心臓病に限らず腎臓病とも強いかかわりをもつ」とも語った。

向井氏はまた前立腺がん治療薬であるアビラテロンが高血圧を起こすことについて注意を喚起する。アビラテロンは男性ホルモンの合成を抑えることにより精巣だけではなく、副腎や前立腺の男性ホルモンも抑える働きがあり、ACTHを上昇させ、高血圧を引き起こす。「すなわち、前立腺がんと高血圧や高血圧の結果起こる心臓病とリンクする可能性がある。したがって高血圧の専門医は前立腺がんの治療に積極的にコミットしてほしい」と聴衆に呼びかけた。

がん治療前には腎機能の評価を

柳田素子氏
  • 写真2京都大学大学院医学研究科腎臓内科学教授の柳田素子氏

がんと腎臓の関係について掘り下げた解説を行ったのは京都大学大学院医学研究科腎臓内科学教授の柳田素子氏(写真2)だ。腫瘍腎臓病学(Onco-Nephrology)という領域は日本ではあまり知られていないが、「米国では腎臓病学のサブスペシャリティと認知されている」と指摘する。

柳田氏は、抗がん剤がさまざまな腎臓障害の原因になり得ると問題を提起。具体例として、「マイトマイシンC、ゲムシタビン、VEGF阻害薬、受容体チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)は内皮細胞を障害し、インターフェロン、受容体TKIが足細胞障害の原因になる。さらにシスプラチン、ペメトレキセドは近位尿細管障害の、免疫チェックポイント阻害薬やBRAF阻害薬は間質性腎炎の原因になる」と説明した。同氏は、がん薬物療法の治療を始める前には腎機能評価を行い、その結果をもって、がん薬物療法の適応と投与法を吟味することを推奨した。

また、がん治療中にどのような降圧薬を選択すべきかという問題について、柳田氏は「望ましい薬剤」としてジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ニフェジピン、アムロジピンなど)、ACE阻害薬・ARB、β遮断薬を挙げた。理由は「ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬は抗がん剤でみられる血管機能障害に対処できる可能性があり、ACE阻害薬・ARBはVEGF阻害薬やmTOR阻害薬でみられる蛋白尿を軽減する可能性があり、β遮断薬にはアントラサイクリン治療において心機能を保護できる可能性がある(柳田氏)」ためだ。

一方で注意すべき薬剤として非ジヒドロピリジン系カルシウム拮抗薬(ジルチアゼム、ベラパミル)を挙げた。「チトクロームP450のCYP3A4を阻害してVEGF阻害薬やVEGFRを標的とするTKIの血中濃度を上昇させる可能性があるため、VEGF阻害薬と併用すべきではない」と同氏は述べた。

がん専門医が腎臓専門医にどのタイミングでコンサルトするかは悩ましい問題だ。柳田氏は、

  1. 血管新生阻害薬・マルチキナーゼ阻害薬の投与前より蛋白尿を認める
  2. 蛋白尿に加えて血尿を認める
  3. 蛋白尿が急激に増加する
  4. 血管新生阻害薬・マルチキナーゼ阻害薬を休薬しても、蛋白尿が増悪する

などが認められたときは腎臓内科医に相談するように求めた。

高血圧とがんの密接な関係を医療ビッグデータから解析

金子英弘氏
  • 写真3東京大学大学院医学系研究科先進循環器学講座特任講師の金子英弘氏

東京大学大学院医学系研究科先進循環器学講座特任講師の金子英弘氏(写真3)は、がんの罹患と高血圧が密接な関係にあることを医療ビッグデータJMDC Claims Database(健保データベース)に登録されたがん症例データより明らかにしている。

血圧上昇とがんの罹患率に関する検討では、血圧が上昇するほど食道がん、大腸がん、腎臓がんなどの罹患リスクが高くなる傾向が認められた。一方で、胃がんのリスクは低くなる傾向にあった。この胃がんが減少することの理由は現時点では明らかになっていないという。

逆に、がんの人はがんでない人に比べ高血圧の発症リスクが上昇することも明らかになった。また、乳がん、大腸がん、胃がんの33,991例を対象にした解析では、平均観察期間2.6±2.2年の間に779例の心不全が記録された。正常血圧の患者と比較して、ステージ1の高血圧(130-139mmHg/80-89mmHg)では心不全の発症リスクが高く[ハザード比(HR)=1.24]、さらにステージ2の高血圧(140mmHg以上/90mmHg以上)ではHR=1.99と、心不全の発症リスクは血圧が上昇するほど高くなることが分かった。

金子氏は「本研究は観察研究による関連性を示したもので因果関係を示す研究ではない。しかし、がん患者においても血圧上昇に伴って心不全などの心血管イベントの発症リスクが高くなることが明らかになった。とりわけ、ステージ1という低い血圧の段階から心不全のリスクが上昇していたことから、がん治療中であっても血圧管理が重要であることが示された」と語った。がんの治療中に最適な血圧治療は何かという問題についてはエビデンスがなく、今後のエビデンスの蓄積が必要と指摘した。

新規学問分野としてOnco-Hypertensionを提唱

峯岸慎太郎氏
  • 写真4横浜市立大学大学院医学研究科循環器・腎臓・高血圧内科学助教の峯岸慎太郎氏

4番目の演者となった横浜市立大学大学院医学研究科循環器・腎臓・高血圧内科学助教の峯岸慎太郎氏(写真4)、ならびに、滋賀医科大学NCD疫学研究センター最先端疫学部門教授の矢野裕一朗氏、香川大学医学部薬理学教授の西山成氏らの研究グループ(日本高血圧学会フューチャープラン委員会・ワーキンググループ)は、世界に先駆けてがんと高血圧という学際領域を追究するOnco-Hypertensionを提唱している(Hypertension. 80: e123-e124, 2023)。

峯岸氏は本領域で重要な臨床命題(CQ)に答えるために、第1歩として免疫チェックポイント阻害薬(ICI)に伴う高血圧リスクについて研究している。

ICIは進行がんの治療を変えたいわゆるゲームチェンジャーとなった画期的ながん治療薬である反面、心筋炎や不整脈などさまざまな心毒性が問題になっている。しかし、ICIの使用と高血圧の関連については明らかになっていなかった。

峯岸氏と同大助教の金口翔介氏らは、ICIの32件のRCT(19,810人のがん患者)を対象に解析し、ICIと高血圧に有意な関係を認めないと結論した(オッズ比:1.12、95% CI: 0.96-1.30)。

がん治療薬と高血圧との関連について、そのメカニズムは複雑であることが予想される。「今後、Onco-Hypertensionの実態をつまびらかにするためにも多方面からのエビデンス構築が必要であり、多職種による学際的な協力が重要」と峯岸氏は強調した。

がん患者の血圧管理に明確な指針の必要性

西山成氏
  • 写真5香川大学副理事・医学部薬理学教授の西山成氏

シンポジウムの総括を行った香川大学医学部薬理学教授の西山成氏(写真5)は、Onco-Hyperensionに関して2年間で明らかになった点として高血圧を呈するがん患者の激増、がん患者でも非がん患者同様、高血圧が心血管イベントのリスクになり得ること、高血圧が発がんやがん進展のリスクになり得ることを挙げ、最も大きな問題は「低血圧も含めがん患者の血圧管理に関する明確な指針がないこと」と指摘した。

がんと高血圧発症、さらに心血管イベントやがんの進展、再発などとの関係が示唆されてはいるものの、そもそもそれらのメカニズムの解明が待たれている。西山氏は「血圧の研究の多くがラットを用いて行われてきた。しかし、ラット担がんモデルの確立が困難であることが研究の進展を阻害している」と指摘、研究基盤である実験モデルの開拓の重要性を訴えた。

Onco-Hypertensionの今後の課題として、西山氏は、

  1. がんと高血圧、心血管障害リスクとの因果関係の解明
  2. メカニズムの解明
  3. 診断・治療法の開発
  4. トータルケアの確立

を挙げ、「これらの目標達成に向けたチーム作りをオールジャパンで進める」必要があると講演を締めくくった。