次回学術集会会長の向井幹夫氏が婦人科腫瘍学会で講演 女性のライフステージに合わせたがん治療と心血管毒性への対応が重要次回学術集会会長の向井幹夫氏が婦人科腫瘍学会で講演 女性のライフステージに合わせたがん治療と心血管毒性への対応が重要

向井幹夫氏
  • 第67回日本婦人科腫瘍学会学術講演会において講演する向井幹夫氏

第8回日本腫瘍循環器学会学術集会(2025年10月25~26日、千里ライフサイエンスセンター)で会長を務める向井幹夫氏(大阪がん循環器病予防センター副所長)が、7月17日に都内で開催された第67回日本婦人科腫瘍学会学術講演会において、『婦人科腫瘍患者診療における心血管毒性の管理 -腫瘍循環器学Onco-Cardiologyとの連携-』のテーマで講演し、その中で「腫瘍循環器領域における女性に対する診療において女性特有の問題・課題があり、女性のライフステージに合わせたがん治療と心血管毒性への対応が重要」と訴えた。

腫瘍循環器リスクのジェンダーによる違い

向井氏は、講演の冒頭、腫瘍循環器医の基本的なスタンスについて「患者の安全を確保しつつがん治療の継続を第一に考える」と説明し、加えて本邦では腫瘍循環器領域のエビデンスが不足しており、ガイドラインが間に合わず、エキスパートオピニオン中心の診療を行っていると腫瘍循環器の実情を紹介した。

さらに、婦人科腫瘍においても、アントラサイクリン系抗がん剤、HER2阻害薬や血管新生阻害薬などの分子標的治療薬、免疫チェックポイント阻害薬など心血管毒性を有する抗がん剤が多数使われていることを紹介したうえで、「女性には初潮、妊娠、閉経などの女性特有のライフステージによる変化や女性特有の心理的・社会的・身体的障壁の関与」に注意を払うように求めた(図1)

図1 女性特有の心血管毒性(Gender Cardio-Oncology)

Chen MH, et al.: Curr Cardiol Rep. 25(11): 1461-1474, 2023.を参考に向井氏が作成

女性のライフステージは少女期(Childhood)、AYA期(Menarche)、成人・妊娠期(Pregnancy)、閉経・高齢期(Menopause)の4期に分けることができ、そのステージ毎に注意すべきがんの種類が異なる。その結果、必然的に治療法も異なることになる。それぞれの治療法の有害事象とライフステージの組み合わせによって、注意を要する有害事象も変わってくる(図2)。向井氏によると、以下のイベントについて、いずれも女性のリスクのほうが男性よりも高いと報告されているという。

  1. アントラサイクリン系抗がん剤による治療後の心毒性発症リスク
  2. 免疫チェックポイント阻害薬による心筋炎(irAE心筋炎)の発症リスク
  3. 放射線療法後の心血管疾患の発症・死亡リスク
  4. 小児・青年(0~19歳)がんサバイバーの心臓死リスク

加えて卵巣摘出後の早期外科的閉経女性、経口避妊薬やホルモン補充療法に伴う心血管イベントや静脈血栓塞栓症の発症リスクなど、女性固有の腫瘍循環器領域のリスクがあると、同氏は指摘した。

図2 女性のライフステージにおけるがん治療と心血管毒性の関係

Chen MH, et al.: Curr Cardiol Rep. 25(11): 1461-1474, 2023.を参考に向井氏が作成

小児がんサバイバーの二次がん早期発見の試み

女性に限らないが、小児がんのサバイバーでは、治療終了後の成人に達した後にがんが発生する事例が少なくなく、がん治療の大きな問題となっている。この危険性については多くの関係者が知るところとはなっているものの、見かけ上健康な元患者に対する長期間の観察が必要となること、公的保険の後ろ盾に乏しいことなどから、有効な手が打たれていない状況にある。

大阪では、大阪府健康づくり課プロジェクトの一環として大阪国際がんセンターや大阪がん循環器予防センターが連携し、2024年8月から「大阪府小児がん治療経験者長期フォローアップ支援事業」が開始されている。

対象は大阪府における対象施設で小児期にがん治療を受けた症例のうち、造血幹細胞移植やアントラサイクリンなどの治療を受けた晩期二次がん発症ハイリスク症例。具体的には0~15歳で初発のがん治療を開始、または15歳以上20歳以下で再発を認めて検査を受ける年度末の年齢が15~39歳とした。対象施設は大阪市総合医療センター、大阪母子医療センター、大阪大学医学部附属病院など大阪府内の9つの医療機関。

このプロジェクトの提案者の1人でもある向井氏は「この事業はまだ始まったばかりで登録している症例も少ないが、多くの症例で何らかの問題が発見されており、今後もできるだけ多くの小児がんサバイバーに受診いただき、晩期合併症の実態を明らかにしていきたい」と抱負を語った。

がんサバイバーの妊娠に関する留意事項

がん治療の進展により、がんの既往がある女性が妊娠する事例も増えている。そのため、こうした女性がんサバイバーが妊娠し、安全に出産することをサポートすることもがん治療のミッションの1つになっている。

向井氏は、「心疾患患者の妊娠・出産には既にさまざまなガイドラインが作成されているが、がんサバイバーについては少ない」と指摘、トロント大学Mark Nolan氏が2020年に公表したアルゴリズム(図3JACC CardioOncol. 2(2): 153-162, 2020)を紹介し、最新の知見を解説した。そして「がん治療関連心機能障害の既往のある妊婦は妊娠時心疾患の専門知識を有する医療機関で綿密な心臓監視を受ける必要がある。また周産期心筋症(PPCM)については2回目妊娠時のβ遮断薬による心臓保護の有益性が実証されていることから、妊娠中高リスクがんサバイバーの管理に使用できる可能性がある」と指摘した。

図3 がんサバイバーの妊娠に関するチェック事項

Nolan M, et al.: JACC CardioOncol. 2(2): 153-162, 2020.を参考に向井氏が作成

腫瘍循環器科と婦人科の連携の必要性

腫瘍循環器はがん治療医と循環器医との連携が必要とされる領域だが、婦人科領域の子宮頸がん、子宮体がん、卵巣がんの治療では女性のライフステージ、特に妊娠が避けることができない課題となる。婦人科領域のがんの治療を安全に効果的に進めるためには、これらの診療科の違いを乗り越え、それぞれの知識と経験の融合とが必要になると向井氏は語る。

そのうえで、腫瘍循環器領域における婦人科特有の変化に対応するための課題として

  1. がん治療における性別に臨床診療ガイドライン・ステートメントの作成
  2. 女性のための心血管毒性に対する管理の検討
  3. 女性のための心血管毒性リスク予測モデルの開発

の3点を訴えた。