泌尿器科に広がる心血管毒性への関心 ――湘南鎌倉総合病院泌尿器科・上村博司主任部長に聞く泌尿器科に広がる心血管毒性への関心 ――湘南鎌倉総合病院泌尿器科・上村博司主任部長に聞く

最近になって前立腺がんを筆頭とするがんの治療にあたる泌尿器科医の間で「心血管毒性への配慮は避けられない」という認識が広がっている。日本腫瘍循環器学会で理事を務めた経験がある湘南鎌倉総合病院泌尿器科の上村博司先生(前横浜市立大学泌尿器科教授)に事情を伺った。

上村博司先生
  • 湘南鎌倉総合病院泌尿器科
    上村 博司 先生

腫瘍循環器に造詣が深いがん治療医というと乳腺や造血器腫瘍の専門家が中心という印象が強いのですが、最近になって泌尿器科医の先生方に関心が広まってきた感があります。当サイトを訪れる医師の専門でも、泌尿器科医が目に見えて増えています。

上村その通りです。以前は前立腺がんなどの治療をしている患者さんが心疾患で亡くなると、残念ではありましたが、がんで逝くことは防ぐことができたという気持ちもどこかにありました。しかし、「それで良いのか」という議論が内外の泌尿器科医の間で出てきました。国際会議などでも指導的な立場にあるような先生方が、「がんだけでなく、循環器系疾患で亡くなる患者さんについても泌尿器科医が責任をもって見て行こう」と呼び掛けるケースも増えています。

高齢患者が多い前立腺がん

乳がんでは診断から10年以上を経過すると、がんで亡くなる患者さんよりも心血管系の疾患で亡くなる患者さんのほうが多くなるという報告があります。こうしたデータが出てきて、がん患者さんであっても、循環器系の病気で亡くなることがないようにという意識が乳がんの治療医の先生方にはあるようです。

上村実は、前立腺がんなどは乳がんよりも深刻な問題なのです。前立腺がんでも死因の1位はがんそのものによるものですが、第2位は心血管系の疾患だったという疫学調査もあります。乳がんでは10年で死因が逆転するというお話でしたが、前立腺がんはもっと早く、循環器系の疾患で亡くなる方ががんで亡くなる方を上回るのではないでしょうか。

その理由は、2つ考えられます。1つは前立腺がんの患者さんにもともと高齢者の割合が多いということです。前立腺がんは年齢とともに発症率が高くなります。発症年齢中央値は60歳代後半から70歳代前半ですが、70歳、80歳と年齢が上がるにつれて患者が増加します。そのような方々は動脈硬化や心機能の低下を来していることが多い。

もう1つは前立腺がんの標準治療である薬剤自体が心血管に負担をかけるということです。進行性前立腺がんではアンドロゲン除去療法が標準治療ですが、ここで使われるホルモン剤には心血管毒性があることが知られています。

このホルモン剤のゴナドトロピン放出ホルモン受容体刺激薬にはアゴニストとアンタゴニストがあります。アゴニストは初期には一時的にゴナドトロピン分泌を増加させますが、その後は脱感作により分泌を抑制します。一方のアンタゴニストは、直接的にゴナドトロピン分泌を抑制します。血管毒性はアゴニストよりもアンタゴニストのほうが弱いと報告されています。

泌尿器科医らに腫瘍循環器学が注目されている一因には、こうした治療薬の使い分けによって、腫瘍循環器のリスクを下げることができるのではないかという知見が集積したというところも大きな要因だと思います。

アンドロゲン除去療法という前立腺がんに特異的な治療法が心血管毒性にかかわりをもっているということですね。

上村去勢抵抗性となった前立腺がんにはドセタキセルやカバジタキセルという抗がん剤を使用しますが、ホルモン療法に比べれば、心血管毒性のリスクは少ない。もちろん泌尿器の領域でもほかの診療科のがんと同様に抗がん剤や免疫チェックポイント阻害薬を使えば、腫瘍循環器でよく問題になるような心血管への合併症が出ますから注意する必要があります。

チロシンキナーゼ阻害薬は高血圧や心機能の低下を引き起こすリスクがあります。またほかのがんで問題になっている免疫チェックポイント阻害薬がもたらす自己免疫性急性心筋炎は腎細胞がんや尿路上皮がんでも同様に問題になります。

それからこれは心臓の問題ではありませんが、最近は泌尿器科の手術ではロボット手術が主流になってきましたが、その合併症にも注意する必要がありますね。ロボット手術では患者さんの頭を低くするのですが、脳塞栓など合併症の発生リスクが高くなります。心房細動などの心臓疾患をもっている患者さんを手術する場合には特に気を付ける必要がありますね。

泌尿器科と循環器科の連携強化が今後の課題

がん治療に入る前に心電図や心エコー図の計測やNトロポニンやBNPなどの血液マーカーの計測を行って患者さんの心血管の状態を把握することが腫瘍循環器学会では推奨されていますが、泌尿器科の先生方はそうした事前の検査をどこまで行っているのですか。

上村それは施設によってまちまちだと思いますね。当院は循環器科の先生方が非常に熱心な病院ということで有名なのですが、泌尿器科の患者さんもまず循環器科の先生がチェックしています。信頼しておまかせしているというのが実態です。循環器科と泌尿器科を同時に受診している患者さんも多いですね。泌尿器科医はどうしても外科医ですから、手術を安全、確実に行うことに重きを置きますね。

本当は術後のフォローももっと注力したいところです。海外の医師らに聞くと、泌尿器科と循環器科の合同カンファレンスが日常的に行われているということで、我々もそのようになって患者さんの情報を交換していくべきだとは考えています。